大城ヨシタミ紹介コーナー

年齢
65才
身長
167cm
信条
誠心誠意・献身・奉仕
好きな言葉
不屈
趣味

・映画鑑賞

・科学雑誌の購読(40年間)

・マンガ(ビッグコミック)

特徴

よく笑う ・ 話が長い ・ どこでも瞬間熟睡

スポーツ

現在は水泳(辺野古の海で3000m泳いだ)

テレビで鑑賞(特にマラソン・春高バレー

若い頃

・陸上競技(旧名護町から国頭郡大会に出場、20代400m×4メンバー)

・砲丸投げ(南体協11年振りに50代新記録達成:12ポンド11m05)・・・翌年に破られた。

・テニス(幸喜チーム50代で、南体協の試合に出場)

・卓球(名護市職域に、北部病院チームで出場)

・バレーボール(名護高校女子監督)

 

伝統芸能

・幸喜区の伝統芸能保存のため、復帰後保存会を立ち上げた。

・2001年に女踊り「」が、名護市の無形文化財に指定された。

幸喜区の「豊年踊り」を、首里城で披露することが夢

方言辞典
・幸喜区の方言辞典作りをサポート。故宮城万雄氏・故宮城治清氏・故大城蔵栄氏らによって、10年かかって原稿を作った。治清氏・万雄氏の妻たちが遺志を継いだ。幸喜区の方言は、単語だけで17000語、琉球大学の狩俣教授指導のもとに、宮城百合子さん・宮城文さんの2人が、用例挿入の作業に現在まで5年を費やしている。

 

小学校時代

・1年2学期、京都から瀬喜田小学校に転入。

・先生方から「徳球(徳田球一)」とあだ名(ニックネーム)を付けられた。

・手が付けられないワンパクで、よく同級生と喧嘩をした。

・5年の時、担任の先生が男子児童のテストの解答用紙を破ったので、2日間ストライキをした。

・夏休みの宿題に「アダン・リュウゼツラン・シュロ・バショウ」などの植物繊維で縄を編んで提出した。

・6年間童話大会に出場し、「マハトマ・ガンジー」の話で名護地区準優勝した。

中学校時代

・瀬喜田中学校が理科実験学校に指定され、科学班のリーダーとして故翁長武福先生と二人三脚で、簡易実験器具200点を作成し、全県理科関係教師の注目を集めた。

・中学生の「回虫」の検便をやっていた。

・「ゾーリ虫」の研究を行った。

仏草華(アカバナ)の色素の研究を行った。

高校時代

・名護高校工業コース1期生

・生徒会長に当選。学内を二分し、激しい選挙戦が闘われた。

・JRC(青少年赤十字)の活動で、国立療養所沖縄愛楽園に300冊の本を送った。

・応援団長として、首里高校との野球の試合に3・4台のバスで応援団遠征(那覇高校グランドにて)。良き思い出となっている。

・仏草華(アカバナ)の色素の研究を、高校3年間と名護高校理科助手の4年間続けた。後輩の岸本君が引き継ぎ、琉球大学卒論で「仏草華の花の色素について」という研究論文にまとめた。

 

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