大城ヨシタミ紹介コーナー
・映画鑑賞
・科学雑誌の購読(40年間)
・マンガ(ビッグコミック)
よく笑う ・ 話が長い ・ どこでも瞬間熟睡
・現在は水泳(辺野古の海で3000m泳いだ)
・テレビで鑑賞(特にマラソン・春高バレー)
・陸上競技(旧名護町から国頭郡大会に出場、20代400m×4メンバー)
・砲丸投げ(南体協11年振りに50代新記録達成:12ポンド11m05)・・・翌年に破られた。
・テニス(幸喜チーム50代で、南体協の試合に出場)
・卓球(名護市職域に、北部病院チームで出場)
・バレーボール(名護高校女子監督)
・幸喜区の伝統芸能保存のため、復帰後保存会を立ち上げた。
・2001年に女踊り「柳」が、名護市の無形文化財に指定された。
・幸喜区の「豊年踊り」を、首里城で披露することが夢
小学校時代
・1年2学期、京都から瀬喜田小学校に転入。
・先生方から「徳球(徳田球一)」とあだ名(ニックネーム)を付けられた。
・手が付けられないワンパクで、よく同級生と喧嘩をした。
・5年の時、担任の先生が男子児童のテストの解答用紙を破ったので、2日間ストライキをした。
・夏休みの宿題に「アダン・リュウゼツラン・シュロ・バショウ」などの植物繊維で縄を編んで提出した。
・6年間童話大会に出場し、「マハトマ・ガンジー」の話で名護地区準優勝した。
・瀬喜田中学校が理科実験学校に指定され、科学班のリーダーとして故翁長武福先生と二人三脚で、簡易実験器具200点を作成し、全県理科関係教師の注目を集めた。
・中学生の「回虫」の検便をやっていた。
・「ゾーリ虫」の研究を行った。
・仏草華(アカバナ)の色素の研究を行った。
・名護高校工業コース1期生
・生徒会長に当選。学内を二分し、激しい選挙戦が闘われた。
・JRC(青少年赤十字)の活動で、国立療養所沖縄愛楽園に300冊の本を送った。
・応援団長として、首里高校との野球の試合に3・4台のバスで応援団遠征(那覇高校グランドにて)。良き思い出となっている。
・仏草華(アカバナ)の色素の研究を、高校3年間と名護高校理科助手の4年間続けた。後輩の岸本君が引き継ぎ、琉球大学卒論で「仏草華の花の色素について」という研究論文にまとめた。
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