一般質問

 

 

 

一 般 質 問

第139回 定例会会議録(平成17年6月)

第140回 定例会会議録(平成17年9月)

 

第141回 定例会会議録(平成17年12月)

 議長(宮城義房君)  休憩前に引き続き会議を開きます。30番 大城敬人君、一般質問を許します。

 30番(大城敬人君) それでは、皆さん、おはようございます。この壇上に立つのも最後かと思うと、いちまつの寂しさがありますね。笑いながら言うとまずいですか(笑)。

 それでは、議長のお許しがありますので、30番大城敬人ー般質問を行います。

 昨今、沖縄の星と言いますか、宮里藍ちゃんとか我が名護市の諸見里しのぶさんとか、ゴルフで非常に素晴らしい、アメリカのメジャーでプレーをするという、そういう若者たちが沖縄を背負って世界にアピールできるというところに、非常に良い具合に来ているのですが、一方私たちの身の回りを見ると、そうばっかりは言っておれないということです。

 私は、今日これをもって名護市議会おける一般質問を終わるというだけでなく、今回の来年1月22日に行われます名護市の市長選挙に出馬をするということで、今日が最後の議場になるわけですね。そういう意味では、市長も私への答弁は最後ですので、ひとつ思い出に残るような答弁をお互いにやり合いたいなと思いますので、よろしくお願いします。肩凝ってるんですか、市長。首を回してますが(笑)。

  1978年、昭和53年9月に、38才で名護市議会選挙に初めて当選しました。その9月議会から一般質問を始めまして、今日で27年間、連続して1回も休まずに110回の一般質問を迎えることができました。これも、多くの方々に支えられて議会に押し出していただいたということで、ひとえに市民の方々のお力によって、私も110回を数えることができたと、心から感謝を申し上げたいと思います。以来27年間、私は議会の方で活動させてもらいましたが、光陰矢のごとくで65才になりました。もう年金がもらえる歳ですよ、皆さん。そういう時期になったのです。残り少なくなったと言うと語弊がありますが、もう消えそうなローソクかなと言われる場合もありますが、そうではなく新しいローソクに灯をともして、もう一度明々と照らして、名護市と名護市民のために、全身全霊を傾けて、生涯の仕事にこれから臨んでいきたいと考えております。市民の皆さん、本当に平和で明るく住み良い、市民にとって楽しい名護市・愛が満ち溢れている名護市・温もりのある優しい思いやりのある市役所・創意工夫をこらした意欲満々の市役所職員のもとで、地方分権の精神に立脚し、行政断行しまして、市民本位の市民に奉仕する市役所に大転換を図りたいと考えております。

  27年前の議会は、屋部支所だったんです。もうここに何名ですか、慶三さんと2人だけかな、屋部支所を覚えているのは。我々、粗大ゴミとも言われながら頑張ってきましたが、そのときも私は、議会議員になりましてずっと午前8時に議会に出勤するという、これまでの公務員の生活の延長上みたいな、そういうやり方で進めて、ずっと出勤してまいりました。それから、今日のこの議会に移りました。議会が私の職場であり、いろいろなことをするところでした。夜も夜通し、ワープロなどを、まあワープロと言うと今の若い人には笑われますが、ワープロなどを打ってますと、名護岳が明るくなってくるのに気が付かないのですね。そういうことで、ふと気が付くと、もうしらじらと夜が明けているという、徹夜で資料作りを何度かやった思い出があります。ほんとにこの壇上に立って、27年間を振り返ると、走馬灯のようにいろいろなことが思い出されます。

 そこで、少しばかり時間を取って、私の歩んできた道を、パネルで、写真で皆さんに少し紹介しながら、今日の質問に入っていきたいと思います。順不動ですが、一番問題になってきている、我が辺野古の普天間基地の移設の問題について、名護市は2回にわたって市民大会や反対決議をしたんですね。そういうことにも関わりながらきました。そして、平成9年の1月16日には、辺野古の区長さんからキャンプ・シュワブ沖の代替ヘリポート建設工事・調査実施に反対についてという要請がありました。このように、地元ではこのことについて、当初から辺野古の行政委員会で2・3回にわたって決議がされています。未だにそれは反故にされていませんから、ずっと辺野古の埋め立ては反対だという辺野古区民の最高決議機関と言われている行政委員会の決議は未だに活きているんだと、そういったことが辺野古のこの区民の心を支えてきているのではないかなと、しかし残念ながら、平成12年の3月21日には、今は助役でいらっしゃいますが、当時のいわゆる岸本市長が条件を呑むという前の日の豊原・辺野古・久志の模様を、議会で事実に反する市長への連絡をしていました。豊原の区長さんは、実際にはOKはしていなかったが、同じだろうということで、当時の企画部長であった末松助役が市長にそういうことをやりました。そのことが背景になって市長が決断をするという、そういういきさつがあったのですね。

 それから、私は行政改革という問題をずっと唱えていますが、そういった中で財政問題と絡めながら、談合によるこういう高い率の入札はよろしくないと思います。そういうことで、こういう問題にもメスを入れてきました。平成15年には、これは市長が当選したあくる年ですが、市長選挙には全県の自由民主党関係者から7000万円のお金が集められているのです。まあ、反対の方の候補者には1000万円しか集まりませんでした。こういう状況の中で、あくる年の平成15年ですが、こういう結果が出たのです。入札価格で落札価格を割った落札率というのがありますが、1年間で120件の土木建築があったのですが、この内の106件ですね、これが95%以上。100%入札が1件、99%が8件、98%が18件と、こういう形が行われているのですね。全国のオンブズマンでは95%以上は談合だということで、沖縄は4位でありますというのですが、名護市の場合は88.3%がそういう状況でした。それを調べてみますと、事実に基づいて調査をして回答を得たのですが、名護市の場合、1年間の入札回数が25回というのが1点、23回というのが1点、22回と言うのが1点、これらは順列・数列みたいに、どこでチェックするのかわかりませんが、市長の選挙資金の中の高額の寄附者から順番にこの回数が増えるような、いわゆる行政談合と言われても仕方のないような実態があったということを、私はもう一度ここで改めてここで指摘をしておきたいです。今後はそういう方向も改善していかなければいけないんじゃないかなと思います。

 基地問題では、私は今年の1月31日からアメリカへ行き、これはジョン・ヒルというペンタゴンの日本部長と話をして、その時に「駄目だ」と、「私は、名護市議会の反対をしている議員として参りました。もし、この辺野古の海を埋めるというようなことするのであれば、辺野古のおばあたちがシカバネを越えて行けと言ってますよ。」と言うと、その時の通訳がアメリカの方でしたので、「シカバネを越えるというのはどういうことですか。」と言うので、ジョン・ヒルさんに私は「皆殺してから行けと言ってるんだ。」と言ったら、彼は一瞬ひるみました。こんなことは大変だということで、しっかりとアメリカの国防省、あるいは国会、そしてシンクタンクなどにも行って参りました。そういう形で、堂々と名護市に於ける辺野古の埋め立てに反対するということを、米政府関係者にもでも申し上げてまいりました。これがジョン・ヒル部長ですが、ポーズをとってもらいました。彼は写真にほとんど入ったことがないそうですが、そういうことで、やっていただきました。

 「物言わぬ貝」というフランキー堺さんの映画で、私は貝になりたいというのがありました。今ジュゴンの問題やあるいは自然環境の問題が言われている中で、この辺野古・大浦の中に1000種もの貝が居るという状況があります。しかも、世界で一属一種のサンゴウラウズがこれまで8個個体がありますが、国立博物館にもありますが、沖縄には1個しかありません。このサンゴウラウズ、この貝をはじめとして、ここには国内で初めて確認された8種類の新しい貝がいます。この台風後に、845種の貝がそのまま標本になっています。そういうことで、これからの沿岸案などいろいろな問題が出てきますと、貝も物を言わさないといかん。だれか「そうかい」って言うかなと思ったんですが、言ってくれなくて残念ですね(笑)。まあそういうこともありました。私は、辺野古の問題に関連しまして、1996年の12月2日、これはSACOの合意が行われた日なのです。くしくもSACOの合意が行われた1996年12月2日ですね、市民代表東京行動、当時の久間防衛庁長官なのですけれども、そこで私は総理官邸に行って申し上げました。「沖縄にはニライカナイという信仰があります。もしこのような海に、この巨大な飛行場を造るようになれば、沖縄県民全部が立ち上がって反対運動をしますよ。」と。そればっかりではありません。私は幼少の頃から辺野古の漁港の側にあるアジ墓というのですが、そこは門中墓で皆そこでシーミーウガミしますね。小さいときから親父に連れられて、潮が引かないとお墓まで行けなかったのですが、ずっと今日に至るまでシーミー(清明)ウガミをしております。そういうことからしまして、私は古川貞次郎副官房長官に申し上げました。「沖縄の信仰はほとんど祖先崇拝です。私もそういう立場にあって、この飛行場によって、いわゆる移設によって、我々の先祖の安眠妨害するようなことになれば、私が命を掛けて阻止します。」と、そういう宣言を、1996年の12月の2日に、この久間さんの後ですか、総理官邸に行きまして、古川貞次郎、当時の副官房長官に申し上げたのですが、未だにまだ副官房長官をやっておられるようですね。そういうことがありました。思い出せばいっぱいありますけれども、その都度また触れながら一般質問に入っていきたいと思います。

 そこで、最後に皆さんにお見せしたいものがあります。市長、覚えていますか。これは何だと思いますか、皆さん。昭和53年、1978年の4月21日ですね、これが辺野古実弾射撃場から久志岳を越えて数久田に飛んできた105mm榴弾砲のそのままのサイズの模型なのです。その当時不発弾だったものですから、模擬爆弾だったものですから、これは名護市の米軍基地の冊子の中にこういう風に書いてあります。「4月21日数久田海岸80m沖、数久田集落より350mで、キャンプ・シュワブ演習場から発射されたと思われる105mm高性能砲弾が落下する事件が発生。米側は、「演習の着弾地点から頂戴してきた非爆発生の訓練用えい光弾」と発表しております。そういうことで、爆発はしなかったということですが、サンゴ礁の中にこれがぐっと突っ込んでいました。これと同じ物を作ろうというので、実は私の出身であります名護病院のボイラー室で、皆に作ってもらいました。27年前のまだ議員になる前のことです。そういう27年間の思いをここで語るには、こんなに短い時間ではできません。私の一般質問は、1時間と限られておりますので、そこで議長休憩してください。

 議長(宮城義房君)  休憩します。
 議長(宮城義房君)  再開いたします。

 30番(大城敬人君) それでは、一般質問の事項・要旨について申し上げたいと思います。

 質問の事項2 普天間飛行場代替施設の移設について

(1) 日米合意の「沿岸案」には反対との表明をされました。額賀防衛長官に対してどのように答えられたのか真意を説明していただきたい。浅瀬案については、市長は容認の態度をとっておられるが、現在もその考えに変わりはないのですか。
(2) 在日米軍再編で日米政府は12・13日の両日、普天間代替施設飛行ルートについて、議論しているようだが、市長はこれまでも飛行ルートについて関心を持っておられたようですが、移設先が辺野古としてどのようなルートを想定しておられるのか、どのようなルートであれば容認されようとしているのかお聞かせ下さい。伊江島へのルートについて、喜瀬・幸喜・許田の上空以外のルートとしては、数久田の上空しか考えられないが、市長は数久田の上空をルートとして考えておられるのか伺います。

 先日、名護市議会が沿岸案に反対しまして、決議文を携えて行った時に、私は外務省沖縄大使の方にこのルートについての資料をお渡ししました。資料をお渡ししたら、対応した書記官がエレベーターまで追いかけてきて、「大城議員、このルート以外には考えられないのですか。」と。なぜルートについての資料を渡したかというと、額賀防衛庁長官が何か沿岸案でルートでも変えたらできそうな、このことについて指摘をしたことがありましたから、全く現状を知らない人たちに対して、やっぱり教えておかなければいけないなということでやりました。これは、以前からこの地域の資料としてやってきたルート、ちょっとこれを市長にお見せしておきたいと思います。この直線で書いてあるのが、飛行ルートです。そして○印は、常に演習が行われているところです。そういう結果から、平成14年から15年にかけての1年間で、許田と幸喜の1年間に渡る測定によって、17万回のヘリコプターの騒音を測定するということに至っています。ですから、どんなにルートを変えてもSACO決定による、いわゆるグリーンベレーの読谷村から伊江島への移設という状況の中では、伊江島に行くルートはこれしかないわけです。そうでなければ、これまでも私が繰り返し言っているように、国頭を迂回して伊江島に行くんですかという風に言ってきたんですが、その辺のことについて額賀防衛庁長官はどういう風に言われたのか、その辺を含めてお答えをいただきたいと思います。

 それでは、先ほど(3)と(4)を割愛しましたから、次に

(5) ホテル・ホテル訓練水域の一部解除と漁場確保のための日米協議についてどこまですすめられているのか伺います。那覇防衛施設局に対してどのように働きかけておられるのかお伺いします。

 ということで、これについては市長にも何度かお渡ししたんですが、このホテル・ホテルのカラス口の方にパヤオがありあますが、129度線の訓練区域を排除しようと、そうすることによって名護の漁民が豊かなマグロの漁場で漁業をすることができるということがありますから、前回のお答えに対してどのようなことを具体的にやられたのか求めたいと思います。

 質問の事項3 行政改革について

1) 行政改革についてどのような具体策を考えておられるのか伺います。収入役の廃止についてどのように考えておられるのか伺います。その他具体的に伺います。

 ということですが、行政改革・行政改革ということで、だいぶ護市の行政大綱を平成12年の1月に策定して、鋭意行政改革を進めておられると思いますが、少なくとも本市の職員は、団塊の世代といわれる人たちを含めて、これから約10年間に約300名の退職がみられます。あるいは、その他に収入役の問題とかいろいろありますので、具体的にはどのように考えておられるのか、その辺についてお答えをいただきたいという風に思います。

 質問の事項4 農家の負債問題について

(1) 二者協議会の進展について。三者の協議会についてどこまで進んでいるのかお伺いしたいと思います。

 このことについては、市長自らが9月の議会でこのように答えておられました。「先ほど質問の中で、三者協議会を開く前に二者協議会を開いてはどうかという提案(これは私がやりました。)がございました。昨日も農家の皆さんから要請を受けたところでありますし、私も2人のアドバイザーから今生産農家、特に中堅農家が非常に困っているという事態は報告を受けております。したがいまして、とりあえず、今日にちの設定まではちょっとできませんが、なるべく早い時期に生産農家の皆さん方と私と話合いをする場を作りまして、現状の把握をいたしまして、その上で農協を交えた三者の協議会、そういうものを準備していきたいという風に考えております。」と、そういうお答えだったので、その辺のことについて是非これを具体的にどういう風にされるのか。

 それから、先ほどのホテル・ホテルの問題についても触れておきますと、9月の議会で市長は「名護市の漁業組合の所属する船舶が、非常に危険な目に遭ったということも知っております。したがいまして、これは日米合同委員会の協議の課題として要望しますということを、那覇防衛施設局長にも申し上げておきたいという風に思っております。」と答えておられます。3ヶ月が経過しました。具体的にどのように取り組んでおられるか、お答えをいただきたいと思います。

 質問の事項5 食肉処理施設にかかわる議会答弁について

 これについて、一応裁判が行われて和解がありました。その後において、2005年10月20日に市長宛の原告代表 名護市字世冨慶35番地 祖慶良直 連絡先があって、「文書で謝罪することを求める申し入れ書」が出されています。これはどういうことかということで、皆さんが覚えておられないという風な件もありますから、ちょっとさっと読んでみたいと思います。「平成17年7月18日付、中部食肉センターから解雇された6人が行った賃金未払いに関する 訴訟で、『株式会社中部食肉センターは、原告が正職員として雇用されていたことを確認する。原告に対し、未払い賃金として22万0139円(これは1人のものですが)の支払い義務があること認める。」として、平成17年9月和解が成立しました。昨年、『平成16年6月1日から解雇』の通告を受け、私たちは不安のどん底に陥れられました。早速市議会議員に相談しました。3人の議員(3人の議員というのは、屋部幹男議員と宮里繁議員の3名でございます)が私たちと労働基準監督署へ赴き「解雇の不当性」を指摘、労働基準監督署の指導によって解雇は7月10日に延期されました。31億円の北部振興策予算建設された北部食肉処理施設は『地元からの雇用』と大きく宣伝されました。私たちも大きな期待をして採用面接に望みました。初年度における食肉処理施設の利用は、豚の搬入が当初の計画を大きく下回ったため、仕事は少なく出勤しても2時間とか、午前中で帰されたりしました。面接時の採用条件、『身分は本採用』『月13万円』の説明を信じ、食肉処理施設の運用は好転するものと期待しながら我慢しました。時給646円の勤務時間のみの給料は、コンビニなどに働く高校生のアルバイト料にも及ばない低収入でありました。名護市当局は、食肉処理施設を世冨慶に誘致する際、『職員の雇用は名護市内から』と雇用拡大が宣伝されていました。北部振興策予算31億円を投入しながら、職員の解雇に対して『パート』だからと片付け、何の働きかけもしなかった名護市の責任は重大であります。名護市議会において、『解雇』の問題が取り上げられ、一般質問で質されました。市当局は事実を調査せず、会社側の発言を鵜呑みにして『解雇された職員はパートであります』と答弁しています。この答弁によって、私たちの名誉は著しく傷つけられまLた。私たちは不当な解雇によって厚生年金は国民年金に、社会保険は国民健康保険に変わり、低賃金の上に負担荷重が余儀なくされました。この間の負担増について名護市は、社会的動議的責任を果たして戴きたい。名護市長は解雇きれた者の名誉回復のために文書で謝罪することを強く求めます。」という文書が出されて、2回ほど当局との話合いが行われたそうですが、当局は「謝罪しない。」ということの答弁のようであります。果たしてそれでいいのかどうかですね。

 議長(宮城義房君)  休憩いたします。
 議長(宮城義房君)  再開いたします。

 30番(大城敬人君)  歴史的な瞬間ということで、質問のはじめにということでやりましたけれども、実は岸本市長が決断をされた瞬間、あの条件付きで決断をされた苦汁の選択をした瞬間の写真を、今日市長にお見せしておきたいなと。いわゆるサミット会場でありましたブセナ・テラスで、青木現在の参議院議員が来られまして、かなり詰めた話が行われました。そのときの意思を伝える岸本市長、懐かしいと思います。ちょっと見てください。まだ若かりし頃の、6年前ですからね。

 先ほど申し遅れましたが、キャンベルさんとこのように肩を抱き合って、「よし、止めよう。」という話になったのですが、それから辺野古の問題については、私たち名護市の軍特委員会は、ここに権勇さんも山城議員もおさまっておりますけれども、大謝名に、上大謝名の騒音測定をしっかりやってまいりました。そういう形で、調査によって、これは東村の不時着したヘリコプターですが、私は27年間あちこち走り回りながら調査をしてきました。これをお見せしたかったのです。見てください、皆さん。この美しい辺野古の海。ここにボーリングを入れて破壊しようとされます。市長が一番愛しておられる辺野古の海です。

 それでは、2次質問は自席から行います。

 議長(宮城義房君) 市当局の答弁を求めます。市長 岸本建男君。

 市長(岸本建男君) 大城敬人議員の質問に答弁をいたします。

 まず第1点、額賀防衛庁長官に対してどのように答えたのかという件でありますが、私は額賀長官だけではなくて、那覇防衛施設局長、それから防衛施設庁長官、そして額賀長官あるいは麻生外務大臣、4名に対して同様のことを、誤解のないように明確に申し上げました。騒音の問題・飛行ルートの問題・滑走路延長の問題そして決定に至るプロセスの問題等々、私の思うところを率直に申し上げたつもりであります。当然相手側も、私の言った事については理解していただいたという風に思っております。ただ、それに対する回答につきましては、明解な回答をまだいただいてないという状況であります。

 次に、浅瀬案についての私の態度でありますが、私は浅瀬案について「これを容認する」と申し上げたことは、正式には一度もございません。私は、あくまでも当時陸上案というものが言われておりましたから、これについては全く私も受け入れるところではないと。したがいまして、浅瀬案については選択肢の範囲であるかどうか、それについては興味があるという風に申し上げたつもりでございます。

 次に、ルートの想定ということであります。ただ今の日米合意の案につきましては、一部豊原の住宅地域の上空から進入する形になっております。あるいは離発着の場合、豊原の住宅地域の一部を飛んでいくという形になりますし、したがって久辺小中学校近くにルートが寄っていくということがあります。そういうルートについては、私は受け入れがたいと考えております。ただおっしゃるルートは、もう少し広範なルートについても質問があったと思います。例えば、伊江島に行くにはどういうルートを飛ぶのかと、いろんな広域のルートの話も入っておりますけれども、それについてはこれから使用協定を結ぶために検討していく中で、協議を続けていきたいという風に私はこれまで申し上げてまいりました。今後、現在の沿岸案というものが正式決定された場合は、そのルートについては論外になろうかという風に思っております。

 議長(宮城義房君)  休憩します。
 議長(宮城義房君)  再開いたします。

 産業部長(宮里尚君) 大城敬人議員の質問事項の2 の質問事項の(5)ホテル・ホテル訓練水域に係る漁場の一部返還問題につきましては、漁業活動に関するところでありますので、また関係する漁業者の生活に直接影響を与える問題として認識しております。またこの種の問題につきましては、沖縄県漁業組合連合会の漁業制限等対策委員会で協議・検討がなされて、この結果に基づいて要請等がなされていると思っております。このようなことから、市といたしましては、市内の関係漁業協同組合等からも要請・陳情等がございましたら、連携を取りながら対応していきたいと考えております。

 次に、質問の事項4 農家の負債問題についてお答えいたします。二者協議および三者協議について、進捗状況等を説明申し上げます。去る9月26日に陳情案件110号として受理した後に、10月26日に名護市農家再生協議会との調整会議を開催しまして、その要望事項等について詳細確認をいたしております。要望事項等の内容によっては、事業導入に関わる問題指摘もありましたので、県の事業導入に関わる関係課等々の情報交換会も開催しております。二者協議については、あらかじめ農協へ名護市農家再生協議会からの陳情に係る関係資料等を事前提供しまして、農協としての取り組み状況について農協内部における部内協議を行ってもらっております。このことを踏まえまして、名護市と農協の二者協議については、今月20日以降に開催する運びとなっておりまして、二社の役割等について具体的に検討していく予定であります。また三者協議については、二者協議を制した上、年明け早々に取り組んでいきたいと考えております。

 次に質問の事項5 食肉処理施設に関わる問題について、お答えいたします。平成16年度第136回6月定例議会において、大城敬人議員の一般質問に対し、答弁内容が不十分であったため関係者に誤解を招いているようでありますので、補足したいと思います。さて当時の答弁では、中部食肉処理センターに雇用されていた職員の身分について「パートである」と答弁しましたが、「パートである」と答弁する前に、次の2点について補足すべきでありました。まず第1点目は、当時において、これは平成16年7月2日時点でありますが、使用者と雇用者の間で正規雇用か否かが問われている最中でしたので、使用者中部食肉センター社長と雇用者の見解が異なっていたこと、次に2点目は、市がその時点における使用者中部食肉センター社長から直接聞き取った回答内容によると、時給扱いであり勤務時間数に応じて賃金を支払っていたという返事を得ていました。そのようなことから、市はパート扱いと認識していました。したがいまして、その時点での答弁では中部食肉センター社長が返答いただいた内容の「時給扱いであり勤務時間数に応じて賃金を支給していた」と答弁すべきだったと考えております。当時適切な答弁ができなかったことについて、お詫びを申し上げ追加説明とさせていただきます。以上であります。

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