第141回 定例会会議録(平成17年12月)
前ページより続き
企画総務部参事(宮城秀樹君) 私の方からは質問事項3 行政改革についてお答えいたします。行政改革の具体策につきましては、行政改革推進室で担当しておりますが、国の方から平成17年3月に地方公共団体における行政改革の推進のための新たな指針を されております。それを踏まえまして、現在進行中の第3次行政大綱に基づきまして実施計画を策定して、その中で業務の推進をしたいと考えております。具体的に申しますと、各課から取り上げました具体策を実施計画に盛り込みまして、どのように行革を進めていくか、各課に下ろしながら進めていく考えをもっております。実施計画につきましても、進行管理の徹底、それから検証、また市民へのホームページ等による公表などによりまして、充実した実施計画にしていきたいという風に考えております。それから具体的な話で、職員数のことでご質問がありましたが、職員数に関しましては現行第3次行革大綱の中で50人の削減をうたいまして、それで現在40人の削減がされております。それは事務事業の見直しであったり、職員研修による職員資質の向上を図ったり、それから新たに導入したISO9001の効果がそろそろ出始めてくると考えておりまして、40人、8割ちょっとの実行率といいますか削減率になっております。今後、団塊の世代が大量に退職していくわけでありますが、これに関しましても先ほどの行政改革の実施計画の中で、定員適正化計画をしっかり立てまして対応していきたいと思います。
それから、次に収入役の廃止についてどのように考えておられるかというご質問でございますが、収入役につきまして本市の予算規模等々を勘案いたしますと、是非収入役を設置してあたっていかないと、かなり処理が大変な状況で、是非収入役にあたってもらっている状況であります。それから、ちなみに各市の状況を調べてございますが、収入役を廃止しているところは、今県内の市の段階ではございません。以上でございます。
30番(大城敬人君) これから一問一答でさせていただきたいと思いますが、市長はこの沿岸案も含めてなのですが、この前からの答弁などを聞いておりますと、何かまだあれですか、市長。政府に対して何かお答えされようという意思がおありなのですか。ちょっとお答えいただきたいのですが。
30番(大城敬人君) 市長、もうあとあなたの在任というのはそう期間がないのです。しかも、市民の意思決定は来年の1月22日の選挙によって決まるのですよ。ですから、今権力にきゅうきゅうとして、市長の任務にきゅうきゅうとして、何だかやらなければいけないというのはどうも理解できません。何かあるのかなと。要するに、在任中に比嘉鉄也さんのようにケツまくって「沿岸案に賛成だ」と言って逃げるつもりなのかね。どうなのですか。
30番(大城敬人君) 市長、思い出してくださいよ。いいですか。この平成11年の12月27日、1999年の12月27日に、市長がいわゆる容認をしたときに、最後にこのようなことを言ってますよね。「このような前提が確実に実施されるための明確で具体的な方策が明らかにされなければ、私は移設容認を撤回するものであること。」と市民の皆さまにお約束したんでしょ。容認の意思を表明するものでありますということで約束されたのは、移設容認について条件が整わなければ撤回するということなのですね。何一つ条件が整っていないばかりでなく、日米両政府はすでに普天間の移設問題について、日米SACO合意でやった辺野古沖についてはほぼ断念の方向に今動いているとみるべきであるのですが、市長は先の議会における私への答弁に「いわゆる滑走路を縮小して、かつ内陸部の方に、沿岸部の方に寄せてくるという案について、これは選択肢として考えるということを申し上げました。」とおっしゃいました。その「沿岸案などには知らぬぞんぜぬ」と言ってたのですが、そういう風なことを付け加えておられます。もう、市長、これだけ9年間もね、あるいはあなたが容認してから6年間、辺野古の人たちは大変な思いをして、人生の長い時間をこういうことに費やされたというのは、あなたの責任なのですよ。あなたはこれについて、何の呵責もないのですか。要するに、もうあなたはどうのこうの言える立場に今ないのですよ、正直な話。もう日はないのです、あなたにとっては。これは、新しい市長に委ねるべきなのですよ。いいですか、市民の判断に委ねるべきなのですよ。それを、何かあたかもまだ3月まで何かできるような話をされるのは、チャンチャラおかしい問題ですよ。それはどうかしていませんか。
そこで、もう一度お尋ねしますが、市長は「一部業界にくみして、その上で私の政治理念を変えるということはないということを申し上げておきます。」と言われました。いいですか。この答弁をする前に、市長はある方から相当の圧力をかけられた。そうでしょう。要するに、「浅瀬案を呑め。呑まなければ他の人を市長候補にするから、あなたは呑むのかどうか。」と迫られて、それについて「容認する」と、「浅瀬案を呑む」という風に言ってしまったから、あなたは良心の呵責に耐え兼ねて辞退をしたんじゃないですか。その辺をちょっと聞かせてください。
30番(大城敬人君) 市長、覚えていらっしゃると思うのですが、過去に私と2人だけの話のときに、まだ農林課長だったと思いますが、市長から私は喧嘩を売られました。「敬人さん、市長選挙をともに戦ってみませんか。」と。私は、「いやあ私はタイプが市会議員に向いているから、70歳過ぎまでは市会議員ですよ。」と答えました。そうすると、市長は、「卑怯だ。私に勝てないからそういうように逃げるんだろう。」とそういうお話がありまして、以来私はずっとチャンスをうかがってきたのですね。売られた喧嘩は買おうと。残念ながら売った人が出馬断念では、どうも情けないんですけれども。
ところで、市長あなたは今この段階に来て、私は申し上げたい。将来の名護市を思うのであれば、要するにこの名護市の市長として長年にわたって職をとしてきたんだという自負と、今おっしゃったようなそういう信念があるのであれば、名護市民に二度とこのような形で意見を二分するような環境を、あなたの責任において取り除くべきだ。それななぜかというと、今の段階において、あなたがやれることは何か。こんな沿岸案とか浅瀬案とかそんな話じゃないんですよ、あなたがやれるのは。その1999年12月27日に、はっきりと市民はこれにある意味で騙されてきてるのですよ。市長は、「条件が整わなければ撤回する。」と。当時は非常に新鮮な言葉で受け止められた.しかしながら、6年間どうだったのですか。結局はああでもないこうでもないばっかり言って引きずってきて、最後の最後まであなたは撤回の意思すら表明できない政治家じゃないですか。ほんとにね、優柔不断だと思うんですよ。何をして、今の際になって、この沿岸案とかあるいは飛行ルートだとかそういうことを言っていなければいけない立場にあるのかですね。もう既にあなたの任期は残っているとしても、政治的な権限で判断する時期ではもうないのですよ。それをまだ何かそこにしがみついていつ酔うな、そんな貧弱な政治家だったんですかね。私はそうは思わないのですよ。岸本市長は、かつて大学においても戦士としてそういう戦いをしてきた経歴を持っている人でしょ。ならば、生涯の最後、市長職を辞めるにあたって、市長に対して市民が長く記憶に残るような決断をされたらどうですか。もう一度聞きますけれども、この1999年12月27日に言った言葉、これに対してもはやこの条件は整っている。いいですか。移設に関わる地元地域の周辺地域及び北部地域の振興について、政府と県が責任を持って支援していくということでありますということで、この振興についても、我々は橋本総理大臣の言葉を信じて、リンクはないと、基地の移設と北部振興とはリンクはしないと、こういう風に言ってきたにもかかわらず、今ではリンク・リンクで、認めなければ振興策をやらないぞと言わんばかりのことがあると思うのですけれども、そうした中で、このような条件がもうなくなっている。何一つとってみても、もうそういう話をする段階じゃないでしょうが。今日米両政府は、沿岸案という全く違う話をしてるんですよ、市長。ならば、あなたが沿岸案に反対するんだったら、これについて反故にしたっていいじゃないですか。どうですか。これがほんとのあなたの立場じゃないですか。
30番(大城敬人君) ちょっと今言っていることは確かですか。「3月に最終報告が出るので、1月だと思っています」と。この根拠は何ですか。
30番(大城敬人君) 支離滅裂としか言いようがないですね。いいですか。外務大臣と大野前防衛庁長官との食い違いというのは、沖縄における問題について県外か国外か、そのことについて議論があったかなかったかについて、政府内の不一致というのが出てきているということなのですよ。沿岸案について不一致とか何とかいう話じゃないのですよ。それは全く違うんですよ、今市長が言っているのはね。いいですか。いわゆる沖縄の問題については、大野前防衛庁長官は、「議論にならなかった。」と言っているんですよ、最初から。しかも、「1000kmの周辺の、戦前・前後を通じての戦略的重要さ・重さということを考えて、アメリカ側が難色を示したので議論にならなかった。」と。町田前外務大臣は、「いや、やった。2プラス2でやりました。」と。そういう食い違いであって、今の沿岸案の問題について言ってるんじゃないでしょ。ちょっと、新聞を読むなら、しっかり読んでくださいよ。いいですか。そういう事実に基づいてこの前からずっと言っているように、もう既に今通っているのは、沿岸案はすべて反対だと県議会でも決議している、名護市議会も決議している。その話をしているのではないのです。あなたが今やるべきことは、もう既にSACO決定の辺野古沖については、もう市長として撤回しますと言う時期にきてるのではないかと。何を今さら条件が整うとか整わないとか言うような時期がいつあるのですか。これはもうないのですよ。その時期を見極めずに今のようなことをダラダラと言っておられるというのは、どうも市長の判断が鈍ったのかなと言わざるを得ないのですよ。どっちなんですか。沿岸案は置いておいてくださいよ。
市長(岸本建男君) 私は、昨日町村前外務大臣のお話になったことを、直接聞いております。そして、私なりの受け取り方をしているわけでありますから、もう少し判断する時間を、政府にも我々にも必要じゃないかと、そういう風に思っているわけでございます。
30番(大城敬人君) 市長は、もう既にこういう問題について判断をするとか言える立場じゃないのですよ、はっきり言って。もうあなたに残された仕事は残務整理ですよ。1月22日に選挙ですよ、いいですか。あとひと月で選挙ですから、残務整理ですよ。こういう政治的な、市民の命や財産全てに関わる重大な問題については、はっきりと既に区切りをつけて、「この件に6年間費やしたけど政府からは何の条件もなかった。したがって、市民と約束したとおり撤回します。」と言うのが今の立場じゃないかと。それだけは許されているのではないかと。これから将来のことについて、市長がこれからの将来について今判断する時間を待っているとか、何を判断するのですか。市長はこんな立場じゃないでしょう。もうそういう期間は過ぎているのですよ。もう遅いんですよ、市長。いいですか、こんな判断をするのはあなたの権限じゃないのです。新たに選ばれた市長の権限なのです。いいですか。そこを何かはき違えて、どうもお年寄り臭くなってきましたね、市長。我々は、もっと頭脳明晰な市長を仰いできたと思うのですけれども。
そういう点でもう一度おうかがいしますが、そういう判断をしなければなかないまだ残された何かがあるのですか。私が今言ったことについて反論してください。1ヶ月でもう何もできるはずがない。なぜそこにきゅうきゅうとしているのか言ってくださいよ。
30番(大城敬人君) 私が今申し上げましたように、もう市長の判断をするようなことが政府などに何だかの影響を及ぼすような時期ではもうないのですよ。もう次の時代の話なのですよ。そういうことにきゅうきゅうとしているのは、少し判断も鈍ったなと言わざるを得ない。
ところで、市長、あなたは名護市長だ。であるならば、未だに頭ごなしに行った沿岸案の日米合意については、沖縄県においても全会一致でこれの意見書に反対の意思表示をされているにもかかわらず、まだ沿岸案に対する防衛庁長官の何らかの話があるなどと言うことは、あなたはもう既に市民の立場・市民の思い・県民の思いを無視して、防衛庁の言うことだけを信じているような姿にしか見受けられません。これでは、我々市民は岸本市長の最後をどのように見送ればいいのかなと。もっとすっきりと、市民から、「市長、さよなら。」と喜んで言われるようなそういう去り方かと思ったのですが、どうもそうでもないみたいな。最後まで何か知りませんが、これまでやってきたことにしがみついてきゅうきゅうとしている。
私はチャンスを与えたいと思うのです。いいですか。今月中に、12月中に、この12月27日は記念日ですよ。その時に撤回するということをやれば、市民はバンザイしますよ、「市長よくやった。」と。考えておいて下さい。いいですか。これが、あなたに与えられた最後の政治家としての復権のチャンスなのです。12月27日、市民の前に、撤回するということを声明発表してください。その期待だけはやっておきましょう。以上で私の質問を終わります。
前ページへ ページトップへ